日本とロンボクとの切れぬ縁

どうも。BIKIです。

 

昨日は、アンプナン・ビーチというところに行ってました。

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アンプナン・ビーチ

 

何回か行ったことがあり、いつも多くの人がいて賑わっています。

みんな普通にビーチを楽しんでいる感じで、家族連れ、恋人、友達グループなど様々。

なんてことない、普通のビーチだと思ってました。

 

しかし、全くそんなことはありませんでした。

 

昨日一緒に行ったのは、僕のインドネシア語の先生とその友達。

色々と歴史の話をしてくれました。

 

まず、ビーチにつく前に西洋風の建物が並んでいます。

先生は話し始めます。

「ここはもともと港で、植民地にされていたころ、オランダ、そして日本の拠点になっていたの。」

そうだったのか、、ぜんぜん知らなかった。

そして海岸へ行くと、なにやら船のモニュメントが浮かんでいます。

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船の下にはいくつかの立木が

「これは、もともとここが港だったことを示すものなのよ」

 

そんな感じで、日本に占領されていた時があったんだ…という話をしてくれます。

僕は複雑な感情になります。

 

ていうか、普通に占領の話とかしてるけど、そのことについてインドネシア人はどう思っているんだろう??

 

これはずっと気になっていたことでした。

でもなかなかそんな話になったことがないし、いきなりそういう話をするのも気まずい。

でも、今なら聞ける。

 

インドネシアの人は、日本が植民地にしていたことについてどう思っているの?」

 

少し間があって、それから微笑んで「うーん、言いたいことはたくさんあるわね。」と先生。

「まず、植民地化することはいつの時代も悲しみしか生まない。これは日本に限ったことではないわ」と先生。

 

「でも、ここでは、痛みの記憶としては、オランダよりも日本の方が強く残っている。オランダには300年植民地化されてて、日本には3年だけだけど、それでも人々の心には深く残っているのよ」

 

「これは私の祖母の話だけど、日本兵がやってきて、連れていかれて、レイプされそうになったの。今でもトラウマになっているわ」

 

僕は衝撃を受けます。日本はオランダに比べて、比較的ゆるやかな統治をした、という様に僕が調べた限りでは書いてあったからです。

日本は石油のためにインドネシアにやってきたので、そのためには住民の協力が必要だから、縛りすぎない統治をしていた、と。

いや、全体的な統治自体はゆるやかだったのかもしれない。でも、草の根レベルでは、横暴な日本人がいて、インドネシア人に対してひどいことをたくさんしていたのだろう。。

 

先生の友達は言います。

私たちは小学校から高校まで、そのことを歴史の時間で勉強するのよ。日本はどう?」

 

日本の教科書にインドネシアでの出来事について詳細に書いてあるだろうか。

いや、書いてない。

 

「書いてないから、自分で勉強したよ」と伝えると、2人ともすごく衝撃を受けていました。

そりゃそうですよね。小学生からずっと学んできていて、「頭に染みついている」と語っていた先生。インドネシアにとって、それは本当に知らなければならない歴史です。

でもそれが、当事者である日本においてはほぼ教育されてない。

 

今は親日国となってくれているインドネシアですが、何にもないのに「日本好き~!」って言ってるわけではないのです。積み上げてきた歴史があります。

 

でも、(僕もそうでしたが)そのことについて全然知らない日本人がほんとに多いなと思います。インドネシアと聞いて、「ああ、日本の植民地だったね」とすぐ出てくる人はそう多くない気がします。

 

僕はインドネシアに来るまでは本当にインドネシアの歴史に対しても無知でしたが、インドネシアに来て、ここにいる人が好きになって、もっと理解したい、と思っていろいろその人の背景にあるもの(歴史、宗教)を勉強し始めました。

 

歴史を知る前と知った後では、物事見た時の感じ方が全然違います。学校の朝会でインドネシアの国旗に向かって敬礼しているとき、最初は何も感じませんでしたが、今は熱いものがこみあげてくるのです。

 

とりあえずこれからやることは、インドネシア語で書かれた歴史の本を読むことです。

日本語ではアクセスできない情報にアクセスできます。

それを日本に帰ったら伝えていかないといけないなと思います。